毎度おーきに!デリヘル研究所の長谷川と申します。
屋根裏シリーズもいよいよ大阪編ということで、大阪の魅力をちょっとだけ伝えようと思います!
大阪といえばやっぱり通天閣ですよね!!
通天閣っていう名前って誰が付けたんでしょうか!?
本当にかっこいい名前です。。惚れ惚れします。。
通天閣
通天閣(つうてんかく)は、大阪府大阪市浪速区の新世界界隈のシンボルである。
初代通天閣は1912年(明治45年)7月竣工し、高さ300尺(実際には75m)の高層建築物として、
最上部までリフトが通じ大阪全市が展望できた。昭和18年1月直下の大橋座の火災により同年4月に解体、
鉄材は軍部に供出された。戦後1956年に通天閣観光株式会社により再建され現在に至る。
国の登録有形文化財。通天閣とは再建通天閣を指す場合が多い。
「通天閣」とは、「天に通じる高い建物」という意味で、命名したのは明治初期の儒学者、藤沢南岳である。
現在の通天閣は二代目で、1956年(昭和31年)に完成した。通天閣観光株式会社(つうてんかくかんこう、
Tsutenkaku Kanko Co., Ltd.)により運営されている。避雷針を含めた高さは103m(塔自体の高さは100m)。
設計者は、ほぼ同時期にできた名古屋テレビ塔、東京タワーなどを手がけた内藤多仲。建設を施工したのは奥村組である。
完成翌年の1957年(昭和32年)から、塔の側面に総合電機企業の日立製作所が大きく広告を出している。
日立が広告を出すようになったのは、当時、地元の大手電機企業(松下電器、三洋電機、シャープなど)に対抗して大阪に
進出しようとしていた日立と、資金調達のために長期に渡って広告を出してもらえる大手企業を探していた通天閣観光の思惑
が合致したのがきっかけとされる。なおかつては広告上部に日立の社章である「亀の子マーク」が付けられていたが
日立が使用をやめた2001年に取り外され(下述記事も参照)、その当時はマークなしの看板に違和感を覚える市民も少なくなかった。
近年、大阪には超高層ビルが多く出現し、また老朽化もあいまって目立たなくなりつつある通天閣であるが、
現在でも大阪の象徴の一つとしてその威光を放っており、レトロを楽しむ大阪の観光コースの一つにもなっている。
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